「インパクトをもたらす投資に関する法的枠組み:投資意思決定におけるサステナビリティ・インパクト」(原文:「A Legal Framework for Impact: sustainability impact in investor decision-making」、以下「LFIレポート」)公表後、責任投資原則(PRI)日本ポリシーチームはウェビナーを開催し、レポートに含まれる法的分析から読み取れる政策的な示唆について関連分野の専門家に講演頂きました。本ウェビナーでは、金川国際法律事務所、金融庁、第一生命保険株式会社、及びPRI日本事務局に登壇頂きました。

レポートについて:インパクトをもたらす投資に関する法的枠組み

受託者責任とサステナビリティの関連性について画期的な議論を提唱した「21世紀の受託者責任」プロジェクトの文脈を受け継ぐLFIレポートは、投資におけるサステナビリティ・インパクト目標の追求に主眼を置き、その許容性及び義務性についてこの分野で初となる法的分析を行いました。11の法域を対象にした本レポートは、The Generation Foundation、国連環境計画・金融イニシアティブ(UNEP FI)、及びPRIの委託の元、フレッシュフィールズ・ブルックハウス・デリンガー法律事務所が調査・執筆を行いました。

法域や投資家の種類によって程度の差はあるものの、一般的にどの投資家も財務目標の実現において効果的であると判断される場合においては、サステナビリティ・インパクトをもたらす投資を考慮することが法的義務として解釈できます。独立したサステナビリティ・インパクト目標を財務目標と並行する形で追求できる状況はより限られているものの、投資家が約款・契約などにおいて義務付けられている場合など、認められる状況も存在します。加えて本レポートでは、サステナビリティ・インパクトをもたらす投資の促進に向けて政策立案者が検討すべき政策手段を法的分析に基づいて特定し、紹介しています。

投資意思決定におけるサステナビリティ・インパクト:日本の法的枠組み

金川国際法律事務所のパートナーでLFIレポートの執筆にも携わった小林信介弁護士よりLFIレポートが示している日本の法的枠組みの現状について講演頂きました。日本の法律上、コモンロー諸国におけるfiduciary dutyの概念 と同じように、善管注意義務及び忠実義務を規定する「受託者責任」という概念があります。アセット・オーナーや投資運用会社は、受益者やクライアントに対して同業者に期待される注意及び能力を利用して運用委託期間中にプラスの投資収益を獲得するよう努める受託者としての義務を負います。小林弁護士によると、一般的に受託者への委任の本旨はプラスの投資収益を獲得することとして解釈されるため、投資権限をサステナビリティ・インパクトをもたらす投資のために行使する義務は負いません。加えて、投資収益を無視してサステナビリティ ・ インパクトをもたらす投資を行うことは原則としてできません。

他方、LFIレポートでも言及されている通り、投資先企業の企業価値を維持又は高めることによって中長期的に投資収益の向上につながると合理的に判断する場合には、短期的には投資収益が阻害される場合でも、サステナビリティ ・ インパクトをもたらす投資を行うことは法律上許容されています。更に、該当するサステナビリティ・アウトカムが運用成果に対して財務的に重大な影響を及ぼす場合には、リスクと収益のバランスを考慮したうえで、投資家はサステナビリティ ・ インパクトをもたらす投資を考慮する責任があるといえます。小林弁護士はこの点について、どのような場合にサステナビリティ・アウトカムが財務的に重大であるとして投資運用にあたって考慮すべきかについて法的なガイダンスがまだ未成熟な段階にあり、サステナビリティ・インパクトを評価・測定するための標準化されたメソドロジーが必要であると指摘しました。

サステナビリティ・インパクトを投資意思決定に組み入れるにあたっての政策的な論点

金融庁のチーフサステナブルファイナンスオフィサー池田賢志氏より規制当局がサステナビリティ・インパクト評価を投資意思決定に浸透させていく環境作りを支援する場合に考えられる3つの主な政策アプローチについての見解をお話し頂きました。

池田氏によると、まず1つ目に規制当局は、投資家がサステナビリティ・インパクトを投資意思決定プロセスに組み入れやすくする環境作りに向けて、各アセット・クラスに特化したインパクト測定・マネジメント(IMM)のメソドロジー開発を支援することができます。2つ目に規制当局は、環境及び社会的インパクトを価格に反映させる制度を作ることができます。このアプローチは、即ち、標準化された環境及び社会的資源の価格付け制度(例:炭素税)の開発を規制当局がリードすることを意味します。最後に規制当局は、ポジティブな環境及び社会的インパクトをもたらす経済活動の分類を行い、投資家におけるインパクト評価の手間を省くこともできます(例:サステナブル・タクソノミーの開発)。

加えて池田氏は、金融庁がインパクト投資に対する金融市場・行政関係者の理解を深めることを目的に、Global Steering Group for Impact Investment国内諮問委員会と共催している「インパクト投資勉強会」の取り組みについても紹介しました。制度や環境による根本的な課題を解決し、サステナビリティ・インパクトをもたらす投資をより促進していくうえで、こうした幅広い市場関係者が協調的に推進する取り組みが重要な役割を果たすことが期待されます。

サステナビリティ・インパクトをもたらす投資においてリーダーシップを発揮する投資家

最後に第一生命保険株式会社の常務執行役員投資本部長の重本和之氏にご登壇頂き、サステナビリティ・インパクトをもたらす投資において先陣を切る同社の取り組みについて講演頂きました。重本氏によると全国に契約者を抱え、幅広い資産を保有する「ユニバーサル・オーナー」として同社は、「すべての人々の幸せを守り、高める」というグループ・ビジョンのもと、受益者を始めとする多様なステークホルダーを意識した資産運用を重視しています。こうした考え方に基づく同社のサステナブル投資戦略は、「ポジティブ・インパクトの創出」や「エンゲージメント」に力点を置いています。

なお、サステナビリティ・インパクトの評価に必要なメソドロジーや企業データがまだ未成熟な市場環境は、同社のサステナビリティ・インパクトをもたらす投資への初期の取り組みにおいて課題を示しました。しかしこうした状況下でも同社は2017年度より未上場株式を中心にインパクト投資の取り組みを開始し、未上場株式分野で得た経験や知見を活用してインパクト投資の対象資産を拡大。2019年度には上場株にもインパクト投資の範囲を広げました。2022年1月末時点で同社のESG テーマ型投資(収益性を前提とした、社会課題解決に繋がるテーマを持った資産等への投融資)に係る累計投資金額は1兆1,000億円に上っており、この内400億円は運用収益の獲得と社会的インパクトの創出を両立することを意図したインパクト投資に充てられています。

また、同社は「インパクト志向金融宣言」の起草委員会委員として起草に関わるとともに、署名金融機関としても参加しています。同宣言は、「金融機関の存在目的は包括的にインパクト(企業のもたらす環境・社会への変化)を捉え環境・社会課題解決に導くことである」という想いを共有する金融機関が協働するためのプラットフォームを提供するイニシアティブです。

今後の取り組み

LFIレポートに含まれるサステナビリティ・インパクトをもたらす投資に関する法的分析とそれを促進するための政策的な手段は、今後The Generation Foundation、UNEP FI、及びPRIによる複数年に亘るプロジェクトに活用されます。実質的な政策の変化を目指すこのプロジェクトでは、まずは5つの地域(EU、オーストラリア、カナダ、日本、イギリス)を対象に、投資家を支援するための政策の方向性について政策立案者とのエンゲージメントを推進します。日本においては、LFIに関する日本ポリシー・ブリーフィングを公表する予定です。また、引き続き署名機関と協力し、サステナビリティ・インパクトをもたらす投資の促進に必要な情報提供や、政策変更に係る支援を実施します。

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